糞を食わせつつ来る女
大宜都ひめ・四国二名島との関連
orig: 2000/08/04
rev1: 2000/09/11 kito
rev2: 2000/10/22 稚産霊追記
知里真志保著作集(全6巻)の第二巻の最後の方に(P431)「糞を食わせつつ来る女」という異様な説話があります。

概略を述べますと、
  • 小娘を連れた女が村々を訪ね歩き、
  • お椀を借りては、その中に脱糞して村長に食べろと言って差し出す、
  • 嫌がって食べないので散々に罵倒して次の村に行く、
  • とある村の村長も同じことをされたが、悪臭どころか旨そうな臭いがする
  • 食べてみるとなんとも言われぬ好い味、
  • その女の言うには彼女たちはオオウバユリとギョウジャニンニクの精であり、
  • 人間がこれらの植物が食べられるのを知らないためにその植物たちは無為に咲いては散っている、
  • それで食べられることを教えに来たのだ。
  • この話は古事記に出てくる大気津比賣(おおげつ・ひめ)神、日本書紀の保食神(うけもち・の・かみ)を連想させます。即ち、古事記の方では穀物の起源として大気津比賣が「鼻、口、から種々の味物を取り出して」スサノヲに提供した、スサノヲは汚い、と怒ってこの比賣を殺してしまう。日本書紀では保食神が「口から飯、魚、獣、を出した」ので月読神が汚らわしいと怒って殺してしまう。

    記紀では食物の提供者が殺されてしまうがアイヌの話ではハッピィエンドになっているという違いはあるが、食物の起源に汚いものがある、という類似点がある。

    更に気がつくのは古事記には食物を司る神として上記の大気津比賣神の他、豊宇気毘賣(とようけ・びめ)神も出てくる。この豊宇気毘賣は和久産巣日(わくむすび)の子で、和久産巣日はイザナミの尿から生まれている。ここでも食物の起源が(今の感覚では)汚い所に求められている

    斯様にアイヌにも記紀と類似した説話があるように窺えるが、記紀のように食物の提供者が殺されるというモチーフは太平洋に広く見られ、ハイヌヴェレ伝説(下記)と呼ばれている。アイヌの説話もこれの系統を引くものなのであろうか。

    さて、この話を出したのは次に言いたいことへの枕なのである。即ち、

    四国のことを記紀では伊予の二名島、と呼んでいる。別項、隠岐の三つ子島、でも考えてみたこの「二名島」という名前に就いてである。そこでは:二名(二つの名前)とはアイヌ語では tu re となり tures(妹)という語彙との関連を見てみた。

    なんと上のアイヌの話では「おおうばゆり(大姥百合)」が主人公である、この植物のアイヌ名は turep なのである。このアイヌ語を tu-re-p と分解すると「二つの・名前(の・もの)」になる。文法的に厳密に言えば tu-re-(kor)-pe であるが tureとturepの僅かな違いに基づく誤解・異伝・洒落、と考えている。

    また、粟(阿波)の国は「大宜都(おおげつ)比賣」と言う。もう一人の主人公、ギョウジャニンニクのアイヌ語は kito である。「ゲツ」との関連はどうだろうか。「宜」は「ぎ(乙)」にも「げ(乙)」にも使われる。「都」は「と(甲)」にも「つ」にも使われる。「宜都」は「げつ」と読んでいるが「きと」も可能な読みだ。念のため「大気津姫」の「気津」も調べておくと、「気」は「き(乙)」と「け(乙)」に使われ「津」は「つ」に使われる(「と」には使われない)。「きつ」と読むと仮想したほうが良いかも知れない。いずれにしても kito との近さがただならぬものを感じさせる。

    つまり、二名=tu re, turep=大姥百合、がオオゲツヒメの食料が汚物から出来たという説話を介して見事に符合してくる。二名島という命名は縄文の命名で ture(p) に基づいていて、それが二名島と翻訳され、小娘とされる kito がオオゲツヒメになったのではなかろうか。即ち、アイヌ語は縄文語を保持してきたのではなかろうかとの仮定を支えるものである。

    この仮説が正しいとすると、上記の和久産巣日に就いてもイザナミの尿から生まれたもう一人の神、彌都波能賣(みづは・の・め)神、が水を司る神と考えられているので「和久」も「水」に関連しては居まいか、と想定したくなる。そう、アイヌ語で「水」のことを wakka という。(addition:2000/10/22)そしてこの神は日本書紀では「稚産霊」と記されている。

    ハイヌヴェレ伝説:インドネシアのセラム島に伝わる妙齢の乙女の名前。彼女はさまざまな貴重な宝物を大便として出す。人々は気味悪がって殺してしまう。その死体を埋めた場所から種々の芋が出来た。

    同様な話は、インドネシア、メラネシア、ポリネシアからアメリカ大陸にかけて分布している。(参考:世界神話辞典・角川書店)

    カンナビHPさんにも詳しい。 ここで左のフレームから「死体化生神話 」を選ぶ。


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