| 弓月はクダラ? |
|
百済と書いて何故クダラと読むのか。既に幾つかの説があるが、私も一石を投じたいと思う。 発想は応神14年紀 「是歳 弓月君 百済より來歸」という記事からである。「弓月」は「ゆづき」と読んで来ており、新撰姓氏録にも「融通王(一云弓月君)」とあるので、少なくとも日本側では「ゆづ(き)」と呼ばれていたのであろう。 「弓月」という字を自ら使用していたと仮定すると、それは百済語でどう読み、どういう意味であったか、を考えるべきであろう。仮に「弓」と「月」に関わる名義だ、としても、百済の人が「ゆ(み)づき」に近い音で捉えていたわけではあるまい。 しからば、どう読んだのだろうか。あくまでも可能性であるが、「弓」を「ク」(に近く)「月」を「ダラ」(に近く)発音したのではあるまいか、と着想した。 「弓」を「ク」に対応させたのは、「弓」を音読みしたもの、と考えたものである。 「月」を「ダラ」に対応させたのは、『三国遺事』(一然著、金思Y訳、六興出版)収載の郷歌(ひゃんが)に少なくとも二例において、訳者の翻字で、月を tal で表していること、があげられる。
さらに調べを進めてみると、同じく『三国遺事』の「古朝鮮」(王倹朝鮮)にて、
訳者の解説を見ると、
一方、ここでは「弓」の解説もされており(甚だ効率がよろしい(^^))、 「達 tal」が「山」の意味であることは、『三国史記』所収の所謂高句麗語地名の検討から十分成立している。「月」を tal とも読むから、「月」字が「山」の意味を表すことも可能である。 上記の如く「弓」字が「熊」の意味を表すならば「弓月」は「熊山」でありうる。
『三国史記』を参照すると 以上から、ここでの結論は:
「弓月」の発音は kom-tal 周辺の音であり、意味は「熊山」である、 メモ: 西域に大月氏という国があった。この人たちをエフタル(または、ハイタル)という。「タル」=「月」に徴して興味のあるところである。「エフ(または、ハイ)」が「大」に相当し、「タル」=「月」であるような言語がこの周辺にないであろうか。 『三国遺事』P84、脱解王の解説1(金思Y)に、脱解 to-hAj の hAj 「は「日」の古訓である。これが人名の場合には「長」の意をもつ美称である。」とある。これを参照するなら、即ち、エフタル(ハイタル)とは、ほぼ「大月」の意味である、として良かろう。西域と韓半島の比較言語研究の端緒となり得まいか。 小林恵子著『二つの顔の大王』などで、西域と日本の非常に強いつながりを考察しているが、それ自体の当否はともかく、まず西域と韓半島のつながりを考察してみることは意義がありそうだ。 「長谷」(は(つ)せ)と「百済」(はくせ(い))が同語ではないか、との仮説を持っているが、万葉集2353に「長谷の斎槻が下に・・・」というのがある。これは「百済の弓月が下に・・・」を踏まえているのだろうか。 『三国遺事』P87の解説にて、「迎日、都祈=「迎日」は tot-i, hAj-to-ti (日の出)」としている。to=日、と理解して良いのであろうか。そうであれば、「登陀流天之新巣・・」(古事記、大国主の国譲りの段)の「登陀流」はto-tal =日月、という意味がありうる。即ち、日月の天、か。 『三国遺事』P152解説1に、「弓」を hwal としている。「記写」と呼んでいるが「訓」という意味であろうか。(上に 弓=kom としたのが「音」ということ。) 『三国遺事』P113、太宗春秋公の中に、背中に「百済円月輪、新羅如新月」と書いた亀の話がある。百済と月のつながり、の一つに加えられるか。 「真毛津」 応神紀14年(弓月)(百済から来た縫衣工女。来目衣縫の祖) 韓国TVドラマ「薯童謠(ソドンヨ)」に「麻奈毛津(マナモジン)」という女性が登場する。これは、衣類匠人、のこと、と云う。{なお、薯童謠(ソドンヨ) は郷歌の一。三国時代、百済の薯童王子(百済武王の幼名)『三国遺事』p175 武王)} 類語:熊野三毛津(家都)、毛津(境部摩利勢の子)、身毛津、毛津(島根県佐田町)、古月・木月・掛津(地名群)、古月(愛媛) |