根の国

orig: 96/11/24
2000/08/10 イサチルを追加


古事記に「根の堅州国」という表現が(少なくとも)二箇所あります。岩波日本古典大系本ではP73とP95で、それぞれ、素戔嗚尊が亡母イザナミを訪れたいと言う国と、もうひとつは、大国主が悪兄弟から逃れて素戔嗚尊を訪れる場面です。

同本の P73の頭注では記伝の解釈として「地底の片隅」と紹介しています。恐らく「根」から地中、地底、をイメージして、「堅州」を「かたす」と読んで「片隅」につなげたものと思われます。

生兵法ですが、アイヌ語で解いてみますと:「根」には、sinrit と言う語が対応します。その語には、更に「祖先」の意味があります。

「堅い」は、ritne、「州」に関しては「島、土地、国土」等を表す、sir、とか、mosir を当ててみますと、

「根堅州国」の原形として、sinrit ritne sir、あたりが再構出来ます。ここで、生兵法の最たる処ですが、この句の語感、リズム、がとてもスッキリしたものに感じられます。(回文風でさえある。。。まぁ、それはさておき、)

再構してみたものの、「先祖(の)堅い土地」では、意味が判りません。

上記の古事記では死者は「地下」に赴くようです。しかし、天稚彦やニギハヤヒは死後天上に行ったようですし、また、「アイヌの世界観」(山田孝子著)では、地方差があるが、死者が「天上」に赴くとしている地方もあります。

それらを意識して、上に解いてみた、sinrit ritne sir、に合理的と思われる範囲で、言葉の「揺れ」を許してみますと、真ん中の ritne が rikne と交替し得そうです。事実、萱野辞書では、nitne と nikne が同語として掲載されている(意味は「悪い」とか「性悪な」)ので、この揺れ、即ち ritne と rikne を同語と考えることは合理的であろう、と推量出来ます。

rik-ne で「高い・である」の意味となり、これなら、sinrit rikne sir が「先祖(の)高(天なる)地」となり、意味がよく通じます。

参考までに、類語として萱野辞書には、sinrit oriwak mosir 先祖が暮らしている国土、が出ています。

なお、アイヌの世界観、では、永久に追放された場合に行かされる国は、ジメジメ湿った国、ヤチ(谷地)の国、だそうですので、これの対比として天国なら、「堅い島」でも良いのかも知れません。

少なくとも「根の堅州国」とは「地底の片隅」ではなく「先祖の住んでいる国」なのではないでしょうか。それがアイヌ語を介すると、ハッキリする、と言うのがポイントです。

参考として、ユーカラ集(金成まつ筆録、金田一京助訳注、三省堂)の第4巻(IV)P213-214に

totto kotan 母の郷
shinrit kotan 祖先の郷

という対句があります。先述の通り、shinrit には「祖先」と「根」の意味があります。これを見るとスサノヲの「母の国、根の堅州国」に行きたい、と泣いた話と非常に良く符合します。


add:2000/08/10

更にスサノヲが泣くと(泣きイサチル)青山も枯れてしまい河海も泣き乾した、という説話があります。(古事記)これも sat=乾く、sat-ke=乾かす・干す、cire=枯らす、cis=泣くあたりとの関連がないでしょうか。i-sat(ke)-cire あたりで「それを、乾かし、枯らす」なんて語句が構築できそうですが。


ユーカラの成立の歴史、とか、口伝に伴う揺れ、などを思うと、歴史の考証に利用するに当たり全幅の信頼は出来ないかも知れませんが、そんな事云うなら紀記とて同じこととも思え、アイヌ語、アイヌの伝承に益々興味をそそられています。


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