アヂ・その2
味、その1
アヂは黒曜石

orig: 2001/05/24


ここでは「アヂ」「味」に就いてアイヌ語方面との接点を探ってみます。
rakainu rak kur 人の・味がする・神;アイヌの大国主的存在
kerakera-an 味が・ある、kera pirka 味が・良い
さすがにkeray例文下記

keray の例文(田村すず子著『アイヌ語沙流方言辞典』)より
keray kamuy ne kamuy iporannoyekar
さも 神 らしく顔つきもいかにも神の顔つきらしい
最初の3語をもっと直訳すれば:
さすがに 神の ごとくあたりであろう。

この語 keray を掲げたのは kera=味 との語呂合わせをみようとしたからである。 また、ウマシ・アシカビの「カビ」すなわち「芽」のアイヌ語が ken(i)であることから、「味」に rak を採らず kera を採用し、音がこれに近い語 keray を調べたものだ。

ところで「アシカビ」だが、これは「葦牙」と書いてあるものをこう読んでいる。それは古事記が「宇摩志阿斯訶備比古遅神」としているからであろう。「牙」の上古音・中古音はそれぞれ ngag - nga であり、草冠を加えた「芽」の発音とも同じと言ってよいだろう。

ところで、「」という字がある。呉音、漢音ともに「タン」と読み「あしに似た草の名。おき、特に、芽をだしたばかりのものをいう」とある(学研『漢和大字典』)。倭名抄を繰ってみると、巻二十の三の裏に、この字に就いて「和名 阿之豆乃」、すなわち「あしづの」とあり、更に「芦の初めて生まれる也」とある。つまり「アシカビ」のことになる。そうすると「かび」と「つの」とは意味の上で一致していることになる。

さて、「つの」「角」のアイヌ語は kiraw である。

つまり、ウマシ・アシカビ、という名は、

kera(-an) sarki keni味(ある)・芦・の芽
kera(-an) sarki kiraw 味(ある)・芦・角
keray sarki keni さすがに・芦・の芽
keray sarki kiraw(e) さすがに・芦・(の)角
更に「芦」を「荻」に置き換えてよければ
kera(-an) ki keni味(ある)・荻・の芽
kera(-an) ki kiraw味(ある)・荻・角
keray ki keniさすがに・荻・の芽
keray ki kiraw(e)さすがに・荻・(の)角
このように、k音を中心とする語で彩られていることが分かる。

上記に keray を辞書の示すままに副詞で表しておいたが「さすがに・芦・の芽」ではどうもしっくりしない。「流石なる」とか「立派な」とかの意味範囲を持つ形容詞だった、とも思いたいがそれだと願望に過ぎない。

語尾のつく -i を調べてみると、名詞にこの語尾がつく場合は「語根やその重複形・派生形に接尾して他動詞をつくる接尾辞の一つ」とある(田村辞書)。それなら keray を kera-i と解析すると「味」の他動詞ということになる。「味を出させる」とでもしておこうか。

さて、「アイヌ語には形容詞というものが存在しない」(中川裕『千歳方言アイヌ語辞典』p5)「というより動詞と形容詞を区別する理由がないので、日本語に訳せば形容詞としてとらえられるものも、すべて動詞に分類されている。」

例えば hure=赤い、でもあるが、この語は、赤くなる、という意味にも使われるのだ。

そうすると「味をださせる」という動詞表現も、「味のある」という形容詞表現に使ってよいわけだ。かくして「さすがに」という副詞に解するよりも「味を出させる」という動詞句と解析して「味のある」という形容詞的用法に解するのが良さそうである。

上の keray < *kera-i と kiraw(e) に非常に近い音を持つ語に kiray=櫛 がある。神名にしばしば登場する「櫛」もこれと関係するのか興味のあるところだ。つまり「櫛」とは kera-i に通じて「さすがな、立派な」あたりの意味合いなのか、ということだ。


四国の主として吉野川沿岸に「喜来」という地名が散在する。景行皇子の「神櫛命」が讃岐に派遣されたこととの関係がないものか興味を持っている。それに就いてはここをご参照。
アヂについて・1
ヂヌミなど尊称のコレクション
くらげなす・考
アヂシキの「シキ」関係・和知考
鴨・資料01
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