「思金」の語義
ORIG: 2003/12/27
rev1: 2004/04/26 *

「思金神」(おもひかね、の神)は高御産巣日神之子とされ、アマテラスの岩戸隠れの際などに彼の知恵を求めた、とされる。例えば
岩波古典文学大系『古事記』頭注では:
「書紀には「思兼神」とある。多くの思慮を兼ね持つ神の意で、人間の智力の極致を神格化したもの。」とする。(「金」は「加尼」と読め、というので、カネかカニである。)

丸山林平著『定本古事記』では:
[思金神] おもひかねのかみ。「金」は「兼」の借字。数人の思慮を一身に兼ね備える意の神名。智謀にたけた神。紀には「思兼神」とある。

いずにしても「思金神」が思考、企画立案などで功績があった、という事跡にも合っていそうだし(合わせられた?)宛てられた漢字からも妥当のようにも思える。しかし、一度漢字の字面に拘らないで「オモヒカネ、オモヒカニ」あたりのを表出しているに過ぎない、という原点に立ち戻ってみようと思う。


そこで参考にするのは『新撰姓氏録』大和国神別にある記事である。
吉野連、加弥比加尼之後也、諡神武天皇 行幸吉野、到神瀬、遣人汲水、使者還曰、有光井女。天皇召問之、汝誰人、答曰、妾是自天降来白雲別神之女也、名曰、豊御富、天皇即名水光姫、吉野連所祭水光神是也。

これによると「光井女、豊御富、水光姫、水光神」は「加弥比加尼」のそれぞれ「形容、自称、命名、神格化」であり、まず「加弥比加尼」に関することと理解して良かろう。

ここで「加弥比加尼」には「加」の字が二回現れるが佐伯有清著『新撰姓氏録の研究 本文編』の頭注(p250)では、最初の「加」は群本になく、二つ目の「加」は或る本(色甲本)にない、とある。すなわち、群本に従えば、「弥比加尼」(ミヒカニ)が良さそうであり、ミヒカニを「水光(ミヒカリ)」と命名した、というのである。命名というよりは、用字を定めた乃至は宛てる漢字を替えたということであろう。

そこで、「ミヒカニ」と「オモヒカニ」(または「ミヒカネ」と「オモヒカネ」)とは「ヒカネ」(または「ヒカニ」)の3音が共通している。

共通していない音は「オモ」と「(カ)ミ」ということになる。「ミヒカニ」が「水光」(ミヒカリ)と転じるのであれば、「オモヒカニ」は「面光」と解しても良さそうだ。「思金」という漢字から少し離れて、音から考えなおしてみて「面光」の意味合いを探ってみるのはどうだろうか。

或いは、「オモヒ」を更に解析すると、「モヒ」が「水」を意味することにも注目される。ただ、この場合、語頭の「オ」をどう理解するかに難が残る。

『沖縄古語大辞典』(OK)を見ると、「おぼひ」という項があり「お水」とある。「お」が敬称の接頭辞で、「ぼい」(ぼひ)が水のこと、とある。今の方言では、ウビー、ミウビーともいう。

更に「日本古語では、古代に「みもひ」、平安時代に「をもひ」がある。」続く補説に「ウビーといふ語は甚だしくなまってゐるので、その原形がわからなくなってゐるが、古事記、延喜式等に見えてゐる、おもひ(御水)と・・・同語であることはいふまでもない」とある。

*しかしながらJKを見た限りでは「おもひ」という語形で「水」を意味するものが見あたらない。「水」と書かれたものを、後の誰かが平安以降の読みで「おもひ」と読んだのではなかろうか。なお、JKには、「お」が敬称接頭辞であるようには書かれていない。「お」が敬称接頭辞として使われるようになったのは後代、ということらしい。従って、今のところ、「水」を「もひ」と読むのは可能だが、上代語の範疇で「おもひ」と読めるかどうかは寡聞にして不明である。

*なお「ヒカニ、ヒカネ」の部分が「日・金」であろうか、ひょっとして「鏡」につながらないであろうか、とも探索中である。これに関しては『古事記』が「この鏡は専ら我が御魂として、吾が前を拝むようにイツキ祭れ。次に、思金神は、前の事を取り持って、政(まつりごと)をせよ。」という文があり、ここの「前の事」とは、鏡を拝む祭事を指すようである。

*「前」自体が「鏡」を指す(戯訓レベルにせよ)かも知れない(参照・国懸神宮)と考えることのもう一つの傍証にもなろうか。


次に『沖縄古語大辞典』(OK)から興味のあることを抜き出すと:
  • −がね: 接尾敬称辞。童名について敬意を表す。・・・「おもひ」と同じ機能の語。按司の次男以下士族の名には、その上に真もしくは思(或いは下に金)をつけて、真徳、真伊久佐、真牛といふ風にする。王子や按司の嫡子になると、更にその下に金をつけて、真伊久佐金、真徳金、真牛金とする。
  • おもひ: 接尾語。「〜様」にあたる。「よもひ」「もひ」とも。

つまり、「おもひ」も「がね」も接尾語で敬称を作る。両語とも接尾語だ、というが上記のように「思」は上につく、とも解説されている。「おもひがね」という名前は、敬称辞二つからなっていることは注目すべきだろう。

OKが解説している造語法によれば、「思」と「金」の間に固有名詞の要素が欲しいところだ。例えば「思日金」というような名前なら「おもひひがね」の「ひひ」重複が「ひ」一つになることもあり得よう。タカミムスビの子の童名としてふさわしい。


関係不明の参考事項:

『古事記』より
阿曇連等之祖神伊都久神也【伊以三字以音。下效此】故阿曇連等者。其綿津見神之子。宇都志日金拆命之子孫也

「金析」は「名義抄」に「縋」の訓として「カナサク」とある。意味は「網をかがる、網を編む」JKには無い。


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