荒ぶる神
資料集
ORIG: 96/11/02
REV1: 97/07/12 format

常陸風土記新治郡の条に「荒賊」と書いて原注に「阿良夫流爾斯母乃」と添えてあり 「あらぶる・にしもの」と現代振りがながあります。 土地柄だけにアイヌ語で理解出来るのかトライをして見ました。

先ず、これで想起するのは、あちこちで見る「あらぶる神」と言う表現ですので それを観察してみました。

播磨國風土記の神崎郡生野の条の記述から見て行きます。

所以號生野者 昔 此處在荒神 半殺往来之人 由此號死野 以後 品太天皇 勅云 此爲悪名 改爲生野
つまり、生野と云う地名は、昔、荒神が道行く人の半分を殺したので、死野、と 云っていたのだが、良くない名前なので、生野に変えた、と云うものです。

通行人の半分を殺すという話は、播磨國風土記では、次のところにも出てきます。

揖保郡 意此川:
品太天皇之世 出雲御蔭大神 坐於枚方里神尾山 毎遮行人 半死半生
揖保郡 佐比岡:
所以名佐比者 出雲之大神 在於神尾山 此神 出雲國人經過此處者 十人之中 留五人 五人之中 留三人・・・

筑後風土記(逸文)の筑後国の筑後国号の話のなかに「麁猛神」と書いて「あらぶる神」と読ませているのをはじめ、

風土記には、肥前(基肄郡、神埼郡)、伊勢(安佐賀社)、するがのてこの呼坂、などに、又、日本書紀の景行紀にも「あらぶる神」が出てきます。 これらに共通する特徴は通路の要所、険しい所、に居て、通行妨害をする神格で、播磨、筑後、肥前、伊勢では、半分の通行人を生かし、半分を殺す、という表現になっています。

更に、山城国風土記逸文の南郡社の条に、宗形の「阿良足神」が、播磨風土記の讃容郡の段に「阿良佐加比賣」があります。

これら各種表記の神々の神格が同一、或いは類似、であると仮定してみますと、「あらぶる」を次のような語群(即ち、概念の範疇)でくくる事が出来そうです。

あらar半分 片方
ふるhur
ure
ur
hur-kap
坂、丘

丘(トカチ方言、=hur)
死骸、死体、屍
そして、上記の神名の原型が ar-hur であったか、それに近いものであり、そこから
荒振る, 阿良足, 阿良佐加
などに翻案されて来たのではなかろうか、と考えるに至りました。

ここから、伊勢の「安佐賀」地名も、古くは、或いは「あら・さか」だったのではないかとの推量も出来てきます。ま、それは、さておき。。。

最初に上げた「阿良夫流爾斯母乃」、「あらぶる・にしもの」の前半「あらふる」の 解明を上記とし、後半、「にしもの」に移ります。


にしものに就いて:

nis-kur
nis
kur


影、人
などの語彙から、nis-kur の前半を「にし」と音だけ取り、 後半を「人→者(もの)」と訳出したように見えてきました。 勿論、「土雲」の「雲」ともつながって居るように思えます。

上記から、前半・後半を合わせて、「あらぶる・にしもの」の本来は、ar-hur-nis-kurで、原義は「片・丘・雲・人」、の様なことではなかったか、と思われます。(或いは、nispa = 旦那、村主、もありますので ar-hur-nispa もあり得そうです。)


上述の播磨風土記の揖保郡意此川条に出てきた、「出雲御蔭大神」の検討もしてみました。上と同じアイヌ語語彙が、ここでも適用出来そうです。即ち、

出雲:「雲」 nis, niskur
御蔭:「蔭、影」 kur
「出雲」の語源に迫れるのか、(出雲の地名参照)とか、あちこちの「御蔭神社」の”意味合い”にヒントになるのか、と興味が広がって来ました。(^_^)


●上記の推定をいささかなりとも補強するつもりで、荒神社(or類似かも知れない神社)の所在地の付近に、片(山)(ar音)、 栗栖、「k_r_」音、なんてのがセットになっている傾向が見られることを 下のリストに提示致しますのでご観察下さい。
(参考:荒賊= アラブル・ニシモノ = ar-hur-nis-kur=片・山・天/雲・影/人)

このような「地名セット」を、なるべく広域からいくつか選び、リストします。

神社(含類似)の所在地:近隣の地名ほか備考
茨城笠間市稲田神社<大神(駅)=夜刀神=蛇 庭・倉 参考:常陸風土記逸文、大神駅家
茨城御前山村片倉山 大 佐伯神社 平(緒川村) 行人塚峠(烏山町)油河内 cf.油置売命@常陸風土記筑波郡条;油津媛@景行紀
群馬藤岡市庚神山 中須・上須 山(吉井町鏑川沿い)西平神流川、出雲神社、土師神社、元阿保
群馬赤城山周辺山 日影南郷(日向南郷、利根村)生越(昭和村)生山 荒神山(大間々町境).
埼玉川里村巣 天神上/下 阿良川(加須市)周辺に久伊豆神社*2、雷神社
香川三豊郡山 魂神社 大麻.
香川木田三木八方大神 神山 栖(長尾町).
徳島三好郡山 倉 下影 影野.
福岡遠賀岡垣神神社 龍王神社 高神社主&ツブラ媛、仲哀紀
岡山井原市上稲木町 神社@片山 竜王山(岩町).
岡山笠岡市吉田 龍王 荒神社.
兵庫宍粟山崎片山 久住.
兵庫朝来生野生野 青倉山/神社<ao-pu<ar-hur? 播磨風土記絡み
兵庫龍野市片山 揖保川/林田川の間、東栗栖小学校(新宮町) 町 福栖播磨風土記絡み
奈良桜井笠笠山荒神 赤雲の立つ所に六腕の荒神がいた。「6」はアイヌの聖数。七岫七谷峰(ななむね)の荒神を祭れ。(笠山荒神由来書)「山」は「山」から転訛したか???
(なお、同一セット内の関連地名は大体10km四方に入っているツモリです。)

これから何を言おうとしているのか、と言うと、ar-hur-niskur/nispa(kamuy) が居て、それを「あらぶる神」→「荒神」と表記したのではないか。更に、ar-hur、の意味の翻訳らしい「片・山」とか、ar-hur→ar-pu と理解されて、pu = 倉、なので「片・倉」と翻訳されたらしいとか、前半部分、arを「青」と写し hurを「山」と翻訳した「青・山」なんかに姿を替えているかに見えます。

そして、その周辺には、これ又、漢字表記では様々な姿態で現れる kur が、来栖、国樔、久住、栗栖、屈巣などに垣間見られるように思えます。

あらぶる神、の具現(の少なくとも一つ)が蛇だとすると(常陸風土記参照)、それが「龍王」に転化するのは、うなづけます。ここから、「オカミの神」につながるような気がしてます。(龍王地名も中国地方から近畿に多いですね。)関連記事として、クレフシ山もご参照下さい。


以前、ここに述べていた「桂の木」関係は「カツラギ」に移動しました。
「カガナベテ」のファイルに土蜘蛛に触れた一節があります。 ご覧下さい。

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