ツ&ト
ORIG: 97/12/**
rev1: 2000/08/07 ト乙への言及
rev2: 2000/12/24 微修正
rev3: 2010/04/30 05/02 加筆

倭迹迹日百襲姫の語義を考えていたことの続きみたいなもんです。「迹迹」の部分が異名では「迹速」になっていることから、この部分は「ツト」(翌朝、早朝→明日?)ではなかったろうか、と思案しています。

その後、ツやトを表す漢字を調べてみたところ、例えば「都」のように「ツ・ト」両方に使われている漢字と「ツ」の専用(らしい)字の区別があるらしいことに気がつきました。下表をご覧ください。平凡社の世界大百科事典(カナの項、より。字訓かなを除く)

ツを表す漢字群: 推古遺文
古事記・万葉集都、川、追、通
日本書紀都、屠、觀、突、菟、徒、途、豆、頭、図
ト(甲類)を表す漢字群: 推古遺文
古事記・万葉集刀、斗、土、度、渡
日本書紀刀、斗、杜、塗、妬、、覩、屠、徒、度、渡


●共用字
  1. お気づきのように「ツ」にも「ト(甲)」にも使われている漢字が幾つかあります。それらは、上記から直接的には「都、屠、徒」の3字が引出せます。更に調べてみると、「途」と「塗」が上古〜中古と同音で変遷していることが判り(学研・漢和大字典)これらも含めて、ここまでで、4字が「ツ・ト」に共用されている事が判ります。

    共用されている「屠、徒、途、塗」の音の変遷を、上記字典で調べてみると、共通して、 dag - do - t'u - t'u 、となっています。更に、「図」は「ツ」の用例はあるものの「ト(甲)」の用例が無いようですが(平凡社世界大百科事典)、「図」の音の変遷も、これら4文字と同じなので、用例が見つからないだけで、「ト(甲)」にも使い得た字かと思われます。また「杜」も同じ音の変遷になっているので、「ト(甲)」に使われたが、「ツ」としては、たまたま使われなかっただけで、共用され得た、と言って良いと思います。

    また、「ツ・ト」両方に使われる「都」の変遷は、tag - to - tu - tu、とあります。

漢字上古中古中世現代
屠、徒、途、塗、図、杜dagdot'ut'u
tagtotutu

●専用字

  1. 「ツ」と読まれる字(飽くまでも上記百科事典がリストしている範囲)は、 「通、菟、追、突、豆、頭、図」ですが、「ト甲」にも使い得た「図」は外します。 これらの音の変遷は次の通りです。

漢字上古中古中世現代
通:t'ungt'ungt'ongt'ung
菟:t'angt'ot'ut'u
追:tIurt.Iuit.s.uit.s.ui
突:dutdutt'ut'u
豆:dugdututu
頭:dugdututu

以上を特に中古音に注目して眺めてみると、共用字の語尾は全て、_o、である。例外となるのは、専用字で、_o となっている「菟」である。これは、その子音に着目すれば、単純な tではなく、t'である、ことが看取られる。

つまり、中古音が(t'o ではなく)to か do だと、「ツ・ト(甲)」共用である。

「ツ」と「ト(甲)」を表すのに同じ漢字が使われた、ということは、「ツ」と「ト(甲)」の音が似ていたからであろう。どのように似ていたのか。それぞれの音が tsu と to であったとするよりは、 tu と to であった、と想定するのが良さそうだ。つまり上代日本語の「ツ」はtsuではなく、tuだった、と理解する。[2010/04/30追記]

「ツ」がtsuでなく、tuであったことは昭和12年には「既に定説」とされている(有坂秀世)[2010/05/02追記]

もう一つ重要な指摘が出来る:即ち乙類の「ト」は「ツ」と共用されない! これから、「ト乙」はかなり安定した音(音韻というべきか)であり音価は tsu/tso に近かった可能性もある。[2010/04/30改訂]

何がしたくてこんなことをやってるかと言いますと、一つは日本語で「ツ」と「ト」が分離したのは案外新しいんじゃなかろか、せいぜい奈良時代とかを通じて分離したのではないか、とか、

もう一つ、to から tu と to に別れて、その tu が後に tsu になったのか、それとも、to から tsu と to が直接誕生したのだろうか、とか、これは、アイヌ語には tu があって tsu が無いことから気になっている点なのです。

更に、祟神7年8月紀の「倭迹速神浅茅原目妙姫」(=倭迹迹日百襲姫、とされる)の「迹速」(ト乙・ト甲)の謎に迫れるのではないか、と思ってるからです。


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倭迹迹日百襲姫
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